バアは、酒をこの上なく美味しく味わうための空間ですよね。「酒は静かに飲むべかりけり」と、申します。静かなバアは、なにより貴重品でありましょう。
この「静か」とは音の静かさでもありますし、また部屋の温度の「静かさ」でもありましょう。心地よく涼しく、心地よく乾いていて。つまり空間すべてが「静か」。これなら間違いなく酒をゆっくり堪能することができます。
でも、バアは酒を飲むだけではありません。写真を写す場所でもあります。事実、林 忠彦は、太宰 治の写真を撮っています。場所は今も銀座にあるバア、「ルパン」において。
林 忠彦著『カストリに時代』によれば。若き日の林 忠彦は、よく「ルパン」で写真を撮っていた。それというのも、当時の「ルパン」は文士がよく来ていたので。その日も林 忠彦は、織田作之助を写していた。と、なにか声が。
「織田作ばかり写さないで、俺も写せよ」
その時には「彼」が誰なのか、林 忠彦は知らなくて。その声の主が、太宰 治だったという。
あの有名な『太宰 治』のバアでの写真は、ご本人の自薦によりはじまっているわけですね。
太宰 治と親しかったのが、壇 一雄。壇 一雄著『太宰と安吾』の中に、「太宰時間」という言葉が出てきます。
「私が好きな太宰は、大はしゃぎで、茶目で、絶えず軽口を撒き散らす、太宰の屈託のない時間である。」
そんなふうに書いています。
壇 一雄の小説に、『佐久の夕映』が。昭和二十五年の、まるで随筆のような小説。
「林さんが笑っている。バーバリ姿の亀井勝一郎が例の通りにこにこと頷きながら笑っていた。」
これは、佐久に講演旅行に行く話。「林さん」は、林芙美子のこと。
それにしても、戦後間もなくの「バーバリ」。たぶん、戦前の英國物でしょうね。
なにかクラッシックなバーバリーを羽織って、「静かな」バアに行きたいものですね。