スクランブルド・エッグズとスーツ

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スクランブルド・エッグズは、炒り卵のことですよね。でも、炒り卵とスクランブルド・エッグズとの違いは、いったいどこにあるのでしょうか。
溶き卵を、箸でかき混ぜて仕上げたなら、炒り卵なのか。溶き卵をフォークでかき混ぜると、スクランブルド・エッグズになるのか。まことに微妙なところであります。
というのも玉子への料理法としては、両者ほとんど変りないのですから。和食器でいただくと、炒り卵になるのか。洋食器で口に運ぶと、スクランブルド・エッグズになるのか。

「………弁当、本日はイリ卵に、刻み干大根の煮〆……………………。」

徳川夢声著『夢声戦争日記』には、そのように出ています。昭和十七年一月十一日のところに。
そうかと思いますと。

「食堂へ、オレンヂ・ジュース、オートミール、スクラムブルエグ、コーヒー。美味しい。」

古川ロッパ著『昭和日記』には、そのように出ています。古川ロッパは、「スクラムエグ」と、書いているのですが。
昭和十五年二月一日、木曜日の、「箱根富士屋ホテル」で。たった二年の違いなのですが、時代とは恐ろしいものであります。
「スクランブルド・エッグズ」は俗語でもありまして。1880年頃の、ボーア戦争の時代。「将校の帽子」または「将校」を暗に指す言葉だったらしい。
というのも、その時代の将校の帽子には金ピカの徽章が付いていて、これを揶揄した表現だったらしいのですね。
スクランブルド・エッグズが出てくる小説に、『いかさま師ノリス』があります。1935年に、英國の、クリストファー・イシャウッドが発表した物語。時代背景は1930年頃を中心としているのですが。

「………スクランブルエッグとビールくらいしかお出しできませんが。」

これは、文中の、アーサー・ノリスの科白として。
ここにも戦争の影響があらわれているのですが。
では、アーサー・ノリスは何を着ているのか。

「見るからに高そうなグレーのソフトスーツである。」

アーサー・ノリスはスーツを、どのように考えているのか。

「………人生の岐路に立ったとき、自分の気分に合致した服を着ているということが重要な意味を持つように感じられるのです。そんなことが心の励ましになるのではないかと。」

このノリスの意見に、諸手を挙げて賛成です。
どなたか、そんな科白がはけるくらいのスーツを仕立てて頂けませんでしょうか。

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