自動車とジャンパー

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自動車は、車のことですよね。世の中に車愛好家は少なくありません。でも、今時、わざわざ「自動車」という人は多くはないでしょう。
「車」だけでちゃんと意味は通じるのですから。でも、ひと時代前に「自動車」と呼んだこともまた、事実なのです。「自動車保険」とは言いますが、車保険とは言わないように。
昔、自動車。今、車。そして自動車も、「自働車」と書いたらしい

「………しつきりなしに往来する自働車や馬車の屋根を濡らすせいか………」

芥川龍之介が、大正八年に発表した短篇『魔術』に、そんな一節が出てきます。
この背景は当時の銀座。大正八年の銀座には、馬車も走っていたのでしょう。
芥川龍之介の『魔術』は、大森の「マテイラム・スミラ」に魔術を習いに行くところからはじまります。

「私を乗せた人力車は、何度も大森界隈の険しい坂を上つたり下りたりして、やつと竹藪に囲まれた、小さな西洋館の前に楫棒を下しました。」

物語の主人公は、大森まで人力車で行っているんですね。
そこで教わった魔術を銀座の倶楽部で披露する内容になっています。石炭が、金貨に変わってしまうのですね。

自動車が出てくる随筆に、『甘酸つぱい味』があります。1957年に、吉田健一が発表したエッセイです。

「友達に自家用車を持つてゐるのがゐて、これも売りに出せば中古の自動車といふことになるのだらうが、持主が丹念に手入れするので、可愛がられて育つた犬のやうにぴかぴかしてゐる。」

1957年にはまだ「自動車」が通じる時代だったものと思われます。
吉田健一はまた、『甘酸つぱい味』の中で、「新しさ」についても語っているのです。

「男の背広など、作つてから一年は着た後でなければ、本当に感じが出ない。」

うーん、その通りでしょうね。
ところでふだん、自宅での吉田健一は何をお召しになっていたのか。スェーター。Vネックのスェーター。白いシャツの上に赤いVネック・スェーター。
イギリス式に申しますと、「ジャンパー」jumper。
吉田健一にとってはシャツにジャンパーがいちばん楽な、また落ち着ける服装だったのでしょう。
どなたか第二の皮膚になるようなジャンパーを編んで頂けませんでしょうか。

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