ショーセット(chaussette)

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足下衣裳

ショーセットはフランス語での靴下のことである。より正確には、「短靴下」。「長靴下」は、「バ」 bas となる。これは英語での、ソックスとストッキングとの関係にも似ている。つまりフランスの「ショーセット」は英語の「ソックス」に他ならない。
ショーセットはラテン語の「カルケウス」 calceus と関係があるとのこと。それは「軽い靴」、もしくは「上靴」の意味であったという。
この「カルケウス」からは、「ショーセ」 chausser も同じく出ている。言うまでもなく「靴」を指す言葉である。古い時代の「上靴」から、靴も靴下も生まれているわけである。
一方、英語の「ソックス」 socks は古代英語の「ソックス」soccsから来ている。そしてさらには、やはりラテン語の「ソックス」 soccus が語源である。これまた「上靴」の意味であったのだ。
フランスのショーセットと、イギリスのソックスは無関係のようにも思えるのだが、満更そうでもないのかも知れない。上靴から靴下が生まれていることにおいて。

「サフラン色の着物を身につけ、飾り立て、透きとおった衣裳に、派手な靴……」

アリストパネス作高津春繁訳『女の平和』には、そのような一節が出てくる。若く、美しい、主人公、リュシストラテの科白である。『女の平和』は、紀元前411年に上演されたとの記録がある喜劇である。「派手な靴」とは何なのか。
同じ個所を、戸部順一訳では、「踵の平らなサンダル」となっている。これは想像するに「上靴」ではなかったか。
古代ローマに「ソックス」があり、古代ギリシアにも、「エトルスカン」 etruscan の名で呼ばれる上靴のあったことが知られている。おそらく 『女の平和』に描かれているのも上靴の一種だったと思われる。そしてこの上靴がさらに「下着化」したものが、靴下であったのだろう。

「莫大小 ( めりやす ) 、コウス。 股引なり。木綿糸・ 絹糸・毛糸にて編む。 色糸にて模様を編み入れたるものあり。」

森島中良著『紅毛雑話』( 天明七年 ) にはそのように書かれている。ここでの「コウス」 kous はオランダ語での、「長靴下」のこと。「短靴下」は、「ソックス」 soks となる。それはともかく、靴下はメリヤスとともに、かなりはやい時代から伝えられていたようである。
事実、水戸光圀はメリヤスの靴下を履いていたという。それは水戸光圀記念館に四足の靴下が保管されていることからも、窺えるのである。
靴下に纏わる有名な話に、「青鞜派」がある。ブルー・ストッキングを訳して、「青鞜派」。ブルー・ストッキングは、十八世紀中葉のロンドンに生まれた言葉である。
当時、才媛で聞こえるエリザベス・モンタギューという夫人があった。エリザベス・モンタギューは文学好きの、知的な女性であった。そこで、モンタギュー夫人はロンドン、ヒル・ストリートの自宅を解放して、文学サロンを開いた。この会員のひとりに、ベンジャミン・スティーリングフリートなる若者がいた。彼は明敏で、鋭い言葉を吐いて人気があった。
ただしベンジャミンは当時の上流階級にはふさわしくない、ブルーの、ウールのストッキングであった。ふつうなら、黒絹の靴下を履くところである。
そこで、半ば戯れに「ブルー・ストッキング・ソサエティー」と呼ばれることになったのだ。つまり、ブラックかブルーかが問題なのではなく、シルクかウールかが問題だったのである。

「白ズボンに華奢な靴下をはき、緑色の上着を着込み……」

フローべール著『ボヴァリー夫人』 ( 1815年 ) の一文である。これはレオンという名の洒落者の様子。「華奢な靴下」から想像する限り、絹靴下なのであろう。もちろん、時代から考えてみても。

「職員と生徒の別を問わず、赤、緑、および白の靴下を履くことを禁ず。」

これはイギリス、イートン校の校則なのであるという。

「自分がなぜこの色の靴下を履くのか、理路整然と説明出来るうちは、「格調高き会話」は失われないのである。」

ポール・キアーズ著『ア・ジェントルマンズ・ワードローブ』には、そのように書かれている。
靴下もまた、軽く見てはいけないのかも知れない。

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