シャンパンとシャコー

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シャンパンは、発泡性の白ワインのことですよね。発泡性白ワインを皆ひっくるめて、
「ヴァン・ムスー」と呼ぶんだそうです。
ヴァン・ムスーの中でも、とくにシャンパーニュ地方で造られたものを「シャンパン」と呼ぶことになっています。
1921年に、駐日フランス大使だったお方に、ポオル・クローデルがいまして。あの有名な彫刻家の、カミーユ・クローデルの弟でもあるのですが。そのポオル・クローデルは、シャンパンについてこんな名言を吐いております。

「みなさん、危機と破滅のあいだで我われに残されたわずかな時間に、一杯のシャンパンを味わうのがよろしいでしょう。」

フランス人がシャンパンを飲むように、日本人がシャンパンを飲むように、ロシア人もまた、シャンパンを飲みます。
ロシア人がシャンパンを愛飲するようになったのは、十八世紀はじめのことなんだとか。
ある時、ピョートル大帝がランスを訪れて、シャンパンを味った。ここから、ロシアにシャンパンが伝えられたんだそうですね。
ピョートル大帝は、毎晩、四本のシャンパンが「寝酒」だったという。もっともピョートル大帝の身長、二メートルをはるかに超えていたそうですが。
その後の、皇帝アレクサンドル二世がお好きだったのが、「ルイ・ロデレール」のシャンパン。皇帝は毒殺を恐れていたので。シャンパン工場に自らの毒見役を派遣していたらしい。
シャンパンが出てくる長篇小説に、『ラデツキー行進曲』があります。1932年に、
ヨーゼフ・ロートが発表した歴史小説。

「シャンパンが来ると ー 黒いタフタを着た口うるさいメイドが、いかにも勿体ぶった体でそれを運んできた……………………。」

『ラデツキー行進曲』を読んでいると、当時の戦場でもブランデーとシャンパンとが不可欠だったことがよく分かるのですが。
また、『ラデツキー行進曲』には、こんな描写も出てきます。

「………毎週ぴかぴかに磨かれるボタンを光らせて、黒いズボン、歩兵の筒形帽と一緒に……………………。」

この「筒形帽」の横には、「チャコー」のルビが振られています。あるいは英語の
「シャコー」sh ak o のことではないでしょうか。
シャコーは高い筒形の帽子。十八世紀、ハンガリーの騎兵の帽子であったという。帽子の前に、ヴァイザーが付くのが特徴の帽子。
どなたか現代版の「シャコー」を作って頂けませんでしょうか。

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