ヒロインは、女主人公のことですよね。ヒロインとヒーローさえあれば、物語は完成するのでしょう。
そして、ヒロインがいればヒーローもいるわけで。というより、ヒーローの女性形がヒロインなのでしょう。
「英雄も召使いにはただの人」
英語にはそんな諺があるんだとか。とても古い言い回し。いつ、誰が最初に言ったのか、分からないくらいに。
N o m an is a h er o t o h is v al et .
まあ、「側近に英雄なし」と異口同音の表現なのでしょう。
「寺のある町は青縞の産地で、機織娘に美しいのが多い。君の小説のヒロインになるやうなのはいくらもある。」
田山花袋が明治四十二年に発表した『妻』の一節に、そのように出てきます。「ヒロイン」の言葉は、すでに明治期から使われていたものと思われます。
あまりにも有名な小説ではありますが。
「クリフォドは現在では従男爵、クリフォド卿であり、コンスタンスはチャタレイ令夫人であった。」
D・H・ロレンスが、1915年に発表した『チャタレイ夫人の恋人』の書き出し部分。いうまでもなく、「コンスタンス」がこの物語のヒロインであります。
戦後間もなく、『チャタレイ夫人の恋人』が問題になったことがあります。内容が「甚だ不謹慎」というものでありました。今、あらためて読んでみても、「甚だ不謹慎」とは思えません。
第一、ロレンスが「甚だ不謹慎」な内容を書こうと思ったわけではないのですから。まあ、それもこれも含めて、「時代」というものなのでしょうね。
ロレンスが、1915年に発表した小説が、『虹』。『虹』は、発行間もなく、発禁。どうもロレンスは「不謹慎」と思われる傾向を持っているようです。『虹』も今読むと、実に美しいものでありますが。
「子供たちには海狸の毛皮の清楚なケープを着せ、しゃれた小さな帽子をかぶらせ、そして彼女自身はまるで冬のバラでも見るように、楚々として実に美しく見えた。」
これは、「ミセス・ブラングウィン」の姿。まさしくヒロインそのものではありませんか。
文中、「海狸」と訳されているのが、「ビーヴァー」b e a v er 。昔むかしトップ・ハットに用いられたのもビーヴァーでありました。ことの水に強い毛皮でもあります。
毛皮といい、ヒロインといい、美しく、強いのでありましょう。